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プラスチックの暴走 - 2014.04.18 Fri

葉山の大浜海岸に流れ着いた重油回収のボランティアに行ったとき、
プラスチックゴミも気になったので、別の日にプラスチックゴミを集めてみた。
ものの5分、10分で、結構なゴミに出会う。
プラごみ@大浜

自然の中にいて、プラスチックの色合いは、雑音、という感じで、
同じゴミの類いでも、すごく気になる。

最近、図書館で、「プラスチックスープの海」という本に出会った。
プラスチックスープの海

いわゆる「太平洋ゴミベルト」を広く知らしめる論文を書いた海洋研究家の著作。
以前のブログでも書いたけど(http://onthejourney.blog.fc2.com/blog-entry-3.html)、
カヌーを漕いだりして、海が生活の中にあるので、海洋ゴミの話は、
とても近しいものとして読むことができた。

ことの発端は、著者のチャールズ・モアが1997年、太平洋を航海中に、
沖合でひらひらと浮かぶプラスチックを見つけたこと。
ゴミの山にぶちあたったわけではないけど、
「プラスチックの破片で調味し、ブイ、もつれた漁網、浮き、枠箱、
その他もろもろの大きめの残骸といった『ゆで団子』があちこちに浮かんでいるスープ」
のような海を見いだしたのだ。

さらに、彼が調査を進めて行く中で、鳥や海洋生物がプラごみを食べて命を落としたり、
体に異変を持つような実態にも出会う。
この海洋ゴミの誤食は、本当に痛ましい。
(参考)http://www.ows-npo.org/midway/gomi.html

モア氏が、1961年に父親とハワイへ航海したときは、プラスチックはなかったという。
その30数年で消費生活に大きな変化があったわけだ。
当時は、買い物は紙袋、飲料はリターナブルボトルに王冠で、
ライターはジッポでオイル交換だし、漁網は麻や綿。

試しに、1950年前後生まれの父や母に聞いてみると、豆腐屋には桶を持って行くし、
魚屋には皿を持って刺身を買いに行く、いわゆる容器包装プラスチックは皆無だ。
70年代生まれの私にしても、子供の頃、牛乳瓶の配達はまだあったし、
ペットボトル飲料なんて、普及したのは結構最近の話のはずだ。
(1996年に500mlの小型のペットボトルが解禁されたらしい)

プラスチックの誕生で、流通が変わり、消費が変わった。
以前は、コストがかかり過ぎるから、使い捨てなんてできなかったし、
季節のものを地産地消でいただいているのが普通だった。

で、そのプラスチックさんたちは、どこに行くのか?
リサイクルできるものは、まだよいとしても、それ以外のプラスチックは、
埋め立てられる他、海をプラスチックスープにしたように、散乱ゴミになったり、不法投棄されたり。
それで消えてなくなればいいのだろうけど、これが半永久的に消えない。
ナノ粒子化しても、残っている、とすると、本当にプラスチックに手足を絡めとられている気になる。

なんとかして、「プラスチックを生活の中から減らしたい」、
そんな思いで毎日を見直してみると、本当にプラスチックに覆われた生活をしていることに気づく。
プラごみを出さない1日にする、と決めると、中々骨が折れるものだ。
これがほんの5、60年前くらいは、何にもなかったんだんだから。
想像できる?

今、こうして使っているパソコン、携帯電話、あるいは、私が愛用するアウトドア用品なども、
プラスチックの存在なしでは、成立しえないし、プラ「0」に逆戻りすることはできないだろう。

でも、プラスチックのものを選ぶときには、長く使えるものかどうか考えてから買う、
本当に一度きりの使い捨ては極力減らす、という心構えでいきたい。
ちょっと便利だ、というだけで、汚染された地球を次世代以降に残すのはフェアじゃないと思う。

そんなこんなで、まずできることから。
外に出るときは、気軽にコンビニで買わないように、食べ物飲み物もって歩いて、
子供のおやつもできるだけ家で作って、タッパーに入れて持たせる。
材料買って作れば、出来上がりのものを買うより、ゴミは少なくてすむ。

何だか、すごく面倒なことのようだけど、ほんの半世紀前くらいには、普通だったことなのだから、
ここで、なんとか踏みとどまろうよ、と思う。

できることから、少しずつ。
生活を見直すことから。





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まずは、自然の中に身を置いてみるということ - 2014.04.03 Thu

先月末、いつもカヌーを漕いでいる大浜海岸に、貨物船事故(3月18日)の重油が流れてきていることをFBで知った。
「ああ、わたしたちの海が!」
そんな言葉が、すぐにわき上がってきた。

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毎週カヌーを漕いで、海藻やら貝やら、そこから海の恵みも頂戴しているのだから、
当たり前っていえば、当たり前だけど、こういう風に海と関わっていなかったら、
「わたしたちの」って思えるだろうか?

連邦環境自然保護建設原子炉安全性省(BMUB)は、3つの小学校で3年間実験的に、
週1回丸1日を屋外で自然に触れてすごすプロジェクトをスタートさせるそうな。
子供たちが生物の多様性を学ぶことで、自然に敬意をもつようになるという。
http://www.jst.go.jp/crds/dw/contents/140310/14031002DE.html

さずが、環境問題の先進国だなあ。
いくら「自然は大切ですよ」と言葉で教えたところで、
やっぱり自然の中に身をおいて、身近なところで接していかないと、
直感的に自分とのつながりを感じることは難しいのではないかと思う。

海や山に遊んで自然の美しさを感じれば、やっぱり汚したくない。
田や畑から自分で食物を得てみれば、農薬はかけがたい。
そういうことなしに、建物やアスファルトにだけ囲まれて生活していたら、どうなんだろうか。

埼玉県にいたころ、娘が通っていた保育園は、
裸足保育で有名な「第2さくら保育園」というところで、
広い敷地に築山があり、羊やヤギがいて、終日どろんこ遊びをしたり、
たくさんのオリジナルな歌や踊りで全身を使ってすごす。
子供たちのみならず、先生の顔もいつもキラキラしていた。

IMAGE144.jpg


DH000032.jpg

葉山に移ってきてからも、自然体験を重視する保育園に入れたけど、
残念なことに、日本の義務教育においては、その継続性がぷっつり途切れてしまう。
山を歩いたり、自然に触れる時間は、小学校に入ると、ガクンと下がる。
お勉強も大事だけど、人間の頭ではひねり出せない自然の英知を学ぶ方が、
ずっと賢いことなんじゃないの?
だから、ドイツのような取り組みは、本当に素晴らしいと思う。

でも、諦めませんよと、私は娘をせっせと外に連れ出す。
(子供をだしにして、私が遊びたい、というのもあるが。。。)
近所の山に登ったり、鴨川自然王国(千葉県)で農体験したり、
旅に連れ出してカヌーしたり、シュノーケリングしたり。
難しいことはできないけど、そんなことからだって、
子供はきちんと感じている。
そんな中にできるだけ、他の子供たちや親たちも巻き込んでいきたい。

IMG_0503.jpg


まずは、自然の中に身を置いてみる。
おすすめします、明日の地球のために!








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プロフィール

mamita809

Author:mamita809
海と山に囲まれた葉山在住シングルママです。ラテン系ハーフの娘はん(小学生)、古風な父、浜を走るアラ還の母との楽しい毎日。大好きな自然のこと、カヌーのこと、子育てのこと、家族のこと、日々の徒然を綴ります。

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